「現代の奴隷制度」と言われているのは本当なのか?技能実習制度に対する国際的な指摘について
2023年7月現在、入出国管理庁では「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議」が開催され、2023年5月に中間報告書が発表されています。
この会議が開催される一つの理由として、自由・尊厳・平等に普遍的な価値を共通基準とする国連やそれに加盟する諸国から、日本が是正勧告を受けてきたことがあります。今回は外務省の資料から指摘内容をおさらいしていきます。
自由権規約委員会の「統括所見」
外務省の報告書で最初に提示されるのは、2014年11月の自由権規約委員会の「統括所見」です。これは今から約9年前にさかのぼります。
自由権規約人権委員会(United Nations Human Rights Committee)とは、国連総会で採択された市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)28条に基づき、同規約の実施を監督するために設置された機関です。規約の締約国は、定期的に委員会へ報告書を提出する義務があり、規約の履行状況を審査し、懸念事項及び勧告を提示されます。
日本はこれまで6回にわたり定期報告を行い、それぞれに対して最終見解が送付されています。
見解では「奴隷、隷属、人身取引の撤廃の項目」として、技能実習制度について「労働搾取目的の人身取引、強制労働が存続している」という勧告がなされています。この指摘で分かることは、制度そのもの全てに問題があるのではなく、人権問題が発生しているような事案が認められるという指摘であり、労働の被害者としての認定手続きの強化、および労働基準監督官などへの研修が求められていました。
(出典)外務省 技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議(第1回)資料
この政府報告審査を受けて、日本政府は技能実習制度を改革するため法案を国会に提出しています。
2017年11月、外国人技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律を施行し、技能実習における「監理団体」の許可制、外国人技能実習機構の設立、通報・申告窓口を整備。「地域協議会」を設置し、指導監督・連携体制を構築。悪質な送出機関の排除というような、改善を実施してきました。
「女子差別撤廃条約第7回及び第8回合同定期報告審査(2016年)」「人種差別撤廃条約第10回・第11回定期報告審査(2018年)」では、改善の方向性や改善内容については一定の評価は得るものの、政府の監督が不十分であることに対する懸念が示されています。
その後の評価
アメリカ国務省が国内法に基づいて各国・地域政府の1年間の人身取引対策を4段階で評価する報告書にて、「人身取引」を「現代の奴隷制」として指摘し、評価しています。これが悪名高い「技能実習は現代の奴隷制」というような言説を生むことになってしまった原点になると思います。
2017年の技能実習制度の見直しや人身取引議定書の締結等をもって、日本はTIER1という最高ランクに格付けされましたが、2020年にTIER2に位置付けられてしまいました。
2022年には以下のような勧告を受けています。
(出典)外務省 技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議(第1回)資料
具体的な指摘には、
・労働搾取目的の人身取引事犯を積極的に捜査、起訴し、人身取引事犯に重い刑を科すことによってその責任を問うべき。
・外国人労働者の人身取引被害者が認知され、保護支援を受けられるようにすべき。
・被害をうけた外国人労働者がそのことを理由に拘束又は強制送還されないようにすべき。
・外国人労働者の雇用先の変更及び異業種への転職を可能とする正式なルートを設定すべき。
・労働搾取につながる懲罰的な契約、旅券の留め置きやその他の行為の取締りを強化すべき。
・外国人労働者に課される雇用あっせん・サービス手数料を廃止し、借金による抑圧や強制行為への脆弱性を減ずるべき。
簡単にまとめると、「外国人労働者が日本で働くために、多額のあっせん手数料を送出機関に支払っている。その費用を用立てるため借金し、そのことが強制的な労働に繋がっている。技能実習制度は、転職の自由もなく、不平等な契約条件下での労働を強いられたり、パスポートを取り上げられるなどの違法な行為下での労働がさせられてこともある」ということです。
これらがすべての技能実習生に当てはまらないことは言うまでもありませんが、こういった事象が改善されていないケースもあることも事実であると思われます。
ここで注目したいのは、あっせん手数料は労働者個人から送出機関に支払われていること、その費用が多額で借金しなければならないことです。この問題が発生しているのは送出国でのことであり、日本でのことでないということです。一方、日本における問題は「転職できないこと」、「雇用主がパスポートを取り上げること」、「借金を払うために強制的に働かざるをえないこと」があげられます。
これらの勧告から、日本で働くために借金をしてこなければいけないこと、日本に来てからも転職できないことは、人権的に大きな問題があることがわかります。
その後の評価
人権デューデリジェンス(Due Diligence)の必要性が重視されてきています。これは業種を問いません。
人権デューデリジェンス(Due Diligence)とは、企業が、自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権侵害等を特定し、防止・軽減し、取り組みの実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為(引用:経済産業省資料)
介護のお仕事は利用者の生きる権利を守り、利用者の尊厳を守る仕事になります。
外国人労働者を受け入れる介護事業者が外国人労働者の日本国内での処遇について問題を起こしていないとしても、受け入れるまでのルートで現地送出機関やエージェントへのあっせん料や教育費用の支払いをするため、多額の借金をしているケースはあると思います。それらに支払った借金を返済するため、日夜介護のお仕事に取り組んでいるということが、ないとは言えないのではないでしょうか。
外国人労働者の人権を守るために
日本語も介護も初めてという外国人労働者が日本で働くためには、多くの教育と多くの人からの支援が必要になるということを雇用する側がしっかりと認識すべきです。
現在でも初期費用を非常に安く人材紹介するエージェントは多いです。介護事業者としても、費用が安いことにメリットを感じられるのは理解できますが、それが実現できるのは多くを外国人労働者に負担させているからです。その点を理解せず、人権を守る仕事をしている介護事業者が意図しないうちに、人権的に問題があるルートから人材供給を受けるということがあったとしたら、非常に残念なことだと思います。
人権デューデリジェンスの観点から、受入機関や支援機関を選定することの重要性は、多様な方が働く職場になりつつある介護の現場でも、非常に大切になってきています。
この記事を書いた人
武中朋彦
ジョイスリー株式会社代表
大学卒業後、IT企業にてシステムエンジニア(SE)として勤務。SE業務の傍ら、個々の社員のスキルアップを目指し、人事と連携してコーチングを実践、人材活性化に取り組む。
その後、福祉業界に転職。各種福祉サービスの整備、職員採用、サービス開始まで一連の事業開発に従事したのち、人事・事業開発部長として延べ1000人以上の採用募集、面接を実施する